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カンニング竹山隆範 レポート

2006.10.15 (Sun)|
例によってwikiさんにお伺いを立てました。

カンニング竹山


基本データ
・氏名(本名):竹山隆範
・生年月日:1971年4月2日(戸籍上。実際は3月30日)
・カンニングのボケ担当。
・身長は168cm、血液型はO。
・サンミュージック企画所属。最近は相方の中島忠幸さんが白血病で入院のため、カンニング竹山と呼ばれることが多い。
・カンニング結成は1992年だが、1990年に福岡吉本NSC1期生として「ター坊ケン坊」のコンビ名で活動していたため、後輩として振舞っているくりぃむしちゅーよりも本来は先輩であり、ナインティナインなどと同期である。
・福岡県福岡市城南区出身。福岡県立早良高等学校出身。
・実家は裕福で末っ子の為、甘えん坊な一面がある。未だに親のことを「パパ」「ママ」と呼んでいる(しかし、ラジオなどでは「みんなが言うところの"ママ"ですよ」などと、実際には呼んではいない様子であった)。
・母親には「たか」と呼ばれている(生はダメラジオ 2006年09月14日 第024回)。

・中学時代、新体操とバスケットボールをやっていた。

・芸風:額縁メガネをかけていて、誰とかまわず(時には自虐的に)キレまくる。あまり暴走しすぎると相方の中島忠幸に逆ギレされ、途端にショボンとなる。暴走すると行う行動の1つに、スタンドマイクから離れて大声を出したり、スタンドマイクを手に持ち客に突きつけている。数多くいる毒舌芸人やキレキャラの一人に数えられる。

・座右の銘は『どうにかなるだろう』。

・過去に債務整理(特定調停)したことがある(パチンコにかなりつぎ込んでいたとのこと)。

・大の犬好きであり、家で飼いたくて仕方ないのだが、マンションで許可されていないことや同棲中の彼女がなかなか許可してくれないらしい(生はダメラジオ 2006年09月14日 第024回 放送)。

エピソード
・素顔は非常に真面目で、ファンへの受け答えもしっかり行っていることはテレビ番組でよく放送されている。
・後輩のヒロシが事務所のソファで寝ているのを見かけ毛布を掛けてあげたのを目撃されたことがあり、先輩の芸人に対しても腰が低いという。レギュラーの探偵!ナイトスクープではキレキャラををまず見せることはなく、依頼者の依頼に対応している。

・最近では逆に「いじめられ、いじられてキレる」パターンが定着しつつある。よく「こんな番組全然面白くないぞ!」と怒鳴り散らすのがパターン化してる。ただ、出始めた時に比べてキレる頻度はどんどん少なくなってる。

・本当は司会とかがやりたくて芸能界に入ったらしい。そして2006年からテレビ東京で本人初の冠番組『竹山先生。』が放送されている。

・やや頭頂部が薄くなって来ていてる。 『IQサプリ』でも今田耕司などから「H・B・M(ハゲ・ブタ・メガネの略で、「エイチビーエム」と読む)」と呼ばれている。本人曰く、「メガネとハゲは自分でも認めるが、デブは認められない。」2006年7月29日放送分の台本中の出演者一覧に「H・B・M(竹山隆範)」と表示されていたことにキレていた。

・2005年1月6日の中島さんの入院会見では、竹山さんは一切のキレ芸を見せず真面目に報道陣の質問に答え、「自分のギャラを中島の治療費にも回したい」と言った事から、好印象を与えた。相方を非常に大切にする姿勢は竹山さんの印象を上げている一因になっている。ただ、よく中島のことを「あいつは全然面白くありません!!」と言ったり直後に「でもあいつはいい奴です!」と言ったりする。

・唯一の持ちギャグは、両腕を交差させて手を開き指を絡める「ペロンチョ」。2004年に『内村プロデュース』(テレビ朝日)で一発ギャグを無理やりやらされそうになって生まれた。

・『竹山先生。』の中で、「ヘイ!ユー!キャラ立ってるかい?」が口癖のギャグとして使われるようになった(生はダメラジオ 2006年09月14日 第024回より)。

・2004年7月10日、テレビ番組『エンタの神様』に出演中に突然「ここでウンコするぞ!!」と叫んでズボンを下ろして尻を出し、番組スタッフによって舞台から強制退場させられた。放送後、テレビ局(日本テレビ)やファンサイトに抗議が殺到した。8月28日の放送で謝罪した。同年12月31日の日本テレビの特番『2004年最強のネタ芸人ベスト13』でも同様にズボンを下ろしている。また、これからは雑誌FRIDAYの袋とじでウンコをすると宣言。

・2005年3月、Dave Spectorとの異色漫才コンビ「デーブ&デブ」を一夜限りのみ結成。(『笑いの金メダル-第39回-』より)
・2005年11月1日、山崎邦正との異色漫才コンビ「竹山崎」を結成し、M-1グランプリ1次予選に出場。

・いつもここから、アンガールズとバンド「U.N.O.BAND」を結成、2005年11月23日、ソニー・ミュージックエンタテインメントからCDデビュー(担当パートはボーカル&ドラマー)。但し、最初で最後のライブイベントには『音楽性の違い(実際は大阪で仕事があった為)』を理由に参加していない。高校時代は学生バンドのボーカルだった。

・『虎の門』(テレビ朝日系列)では、2代目ブラックタイガーとして『ブラックタイガーのO.A.チェック』等のコーナーを担当している。しかし、番組の最初と最後の合計2~3分程度で、ブラックタイガーとしての出演時間はかなり短い。

・デビュー当時は吉本興業に所属しており、福岡吉本の1期生。当時はケン坊田中と「ター坊ケン坊」というコンビ名で活動していた。そして「お笑いめんたいこ」の初代チャンピオンである。R-1チャンピオンの博多華丸とは福岡吉本の同期で熱い仲をアピールするも、華丸が東京に出てチャンピオンを取るまでは連絡を取らなかった。

・Janne Da Arcのボーカルyasuがファンだった事から、2004年7月に発売されたJanne Da Arcのアルバム『ARCADIA』(オリコン最高位3位)・シングル「月光花」(オリコン最高位の2位)の宣伝部長に就任。

・運転免許は普通自動車を取得しておらず原付のみ。2006年春にイタリア製のスクーター・ベスパを購入。中村雅俊マイ・ホームページにゲスト出演したとき、また自分の番組の第1回目にも報告していた。松田優作が探偵物語で乗っていたのに憧れて大金をはたいて買ったのだが、すぐさま煙を吐き出すトラブルに泣かされ、多忙の為なかなか乗る機会がないらしい。

・過労の為か、2005年9月25日に憩室炎により緊急入院した。2日間で退院。

・今の彼女と長井秀和の妻が親友同士。彼女と険悪であったが、仲直りし、2006年春、結婚する予定であったが、まだ踏み切れていないようである。

・サウナでアルバイトをしていた時に指名手配犯を捕まえたことがある。

・誕生日は戸籍、プロフィール上4月2日となっているが、実際は3月30日である。その理由は3月30日だと早生まれになってしまうからとのこと。 3月30日の『笑っていいとも』の達筆王で暴露した。(本人は遅生まれと発言していたが、正確には3月30日は早生まれである。)その為、相方である中島とは本来は一学年違うのだが、同学年となる。

・『中井正広のブラックバラエティ』では「カブトムシさいとう」「コンバースさいとう」と呼ばれている。

・母親に「最近のたか(竹山のこと)は、本当にブサイク。近所に息子として認知されるのが恥ずかしい」と言っていた(生はダメラジオ 2006年09月14日 第024回より)。

・27時間テレビにて、竹山に『アナル姉さん』なる人物がいたことをアンタッチャブル山崎さんに暴露された。後に、カンニング竹山とアンタッチャブル山崎のJUNK交流戦SP(2006/08/25)にて「肛門を刺激してくれる姉さん」の話を再び山崎にされた。また、同番組で山崎が、竹山にアナル姉さんを紹介されそうになったと話していた。

・アンタッチャブル山崎さんの竹山さんに対する印象は「Mr.シモ(下ネタ)」(カンニング竹山とアンタッチャブル山崎のJUNK交流戦SP 2006/08/25)。

・前田健さんと大親友。生はダメラジオ 2006年07月27日 第017回にもゲストとして登場し、竹山さんを恋愛対象として見ているという話を繰り広げた。出会いは、広島の番組で共演したとき。前田さんの竹山さんへの印象は、「味わい深い人だなぁ」。楽屋で、前田さんがあややの格好で添い寝していたこともあった(生はダメラジオ 2006年07月27日 第017回より)。

・初めての芸能人をネタにした一人漫談(手淫)の相方は、竹下景子だった。漫談のタイトルは「近所の砂利道」(カンニング竹山とアンタッチャブル山崎のJUNK交流戦SP 2006/08/25)。

・福岡市長選挙のTVCMに出演した(Web Junk2 2006年09月21日より)。
平塚競輪場で「竹山杯」としてママチャリで走る予定(Web Junk2 2006年09月21日より)。
竹山 競輪

 9月24日平塚競輪・湘南バンク『カンニング竹山杯』
 17:40~竹山さん&ラブカップルのレース
 18:20~竹山さん&ラブカップルのライブ
 19:00~竹山さんと一緒にレース観戦
 最後に竹山さんから賞状贈呈式。


・加藤あいのCMを観て、「加藤あいのウ○コだったら食える」と言っていた(生はダメラジオ 2006年09月14日 第024回より)。

TENGAをリスナーにモニターしてもらうというTENGA祭りを行った。"オカズ"としてソフト・オン・デマンドのYOKOを招いて、電話で"お手伝い"をするという企画。2人のリスナーが実際に使用しながらレポートした。

・めちゃイケの大かま騒ぎ(2006/10/15)で、再びア○ル姉さんの話題が触れられた。
ホントは

 ホントはもう出たくなかった…とのこと。

 27時間テレビにて暴露された、例のア○ル姉さんの話の後日談。家に帰ると、彼女が真っ暗な42型テレビの前で泣いていた。また、ア○ル姉さんとはその後、一度だけ会ったとのこと。テレビでネタにしたア○ル姉さんが怒って、竹山さんを呼び出した。その際、SM嬢が一緒に食事をしており、その食事代を出さされたとのこと。その後、一度ア○ルを責めてもらった。その一度だけで、ア○ル姉さんとは別れ、その行為を「さよならア○ル」と竹山さんは称した。そのフレーズに、石原さとみさんも爆笑。
石原さとみ

 そのア○ル姉さんは下の写真参考のこと。
姉さん

 写真を見れば、顔こそ分からないが、かなりの美人さんっぽい。
竹山困惑

 竹山さんによれば、写真の服装をみたことがあり、本物のア○ル姉さんらしい。
竹山結婚

 竹山さんの一くだりの最後は、竹山さんが来年結婚することを発言していた。

・2007/01/28、東京・豊島区のリブロ池袋本店で著書「現代日本への警鐘」の発売記念イベントを開催し、改めて結婚宣言した。

この日は「世間の皆さん、そんなに気を使うな!意外に大丈夫です」と
軽くキレて元気をPRした。結婚については「今年中にはしようと思っています」と淡々とした調子ながら、指輪は「給料3カ月分で、ちゃんとやろうと」と男の決意。

だが、肝心の“夫婦生活”については「めっきりなくなりました。親にはなりたいけど…俺ED(勃起障害)で。」と弱音を吐いていた。

・2007年3月30日、自身のラジオ番組「生はダメラジオ」内にて長年同姓関係にあった女性と入籍届を出したことを発表。
結婚式や披露宴、マスコミを招いた会見などは一切行わない意向。
竹山は前々から、本来の誕生日である3月30日に結婚することを決めていたとのこと。なお、できちゃった結婚ではない。

・2007年04月01日放送の「サンデー・ジャポン」にて、新婚生活について語った。「ジュンちゃん」「タケちゃん」と呼び合っているという。夜の営みはほとんどなく、もっぱら手淫とのこと。結婚翌日の朝もAVでヌいているところを奥さんに見つけられ、「アンタ気持ち悪い」といわれてしまったとのこと。
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