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「おふくろさん問題」川内康範が激怒した本当のワケ

2007.03.22 (Thu)|


「おふくろさん問題」川内康範が激怒した本当のワケ



「おふくろさん」の改作問題に関して、「勝手に変更して歌い、連絡もよこさない」ということで森進一への不満や怒りを露わにした作詞家・川内康範。

だが、実際は別件に関して森進一への不満が今回の問題の元凶だったと2007年03月22日放送のテレビ朝日「スクランブル」が伝えた。

騒動の発端となったのは、森進一への楽曲提供でも知られている「銀座の女」などの作曲家・曽根幸明が2002年に脳梗塞で倒れたことだったという。

曽根を励ますため、川内は「幸明、作曲をしろ。森に何としても歌わせるから」と言ったという。リハビリをしながら、曽根も作曲活動を続け、2006年に曲は完成したという。

そのデモテープを手紙と共に森進一に送った。
その手紙の中には、おふくろさんの一節である「傘になってくれ」と書かれていたという。

だが、森進一はそれを無言で返却したという。結果、川内は「こんなに薄情とは…もはや、森が困っても助けることはできない」ということで今回の「おふくろさん騒動」へと至ったという。



曽根氏が言うには、「川内・曽根の楽曲ではもう売れないと考えたんじゃないでしょうか。(曲は)悪くはないと思うんですがね」とのこと。

たしかに、売れる・売れないというのは歌手にとって必要なことだとは思いますが、断るにしても、方法が別にあったのではないでしょうか。川内氏の頼みを、無下に断ってしまった…それが本件の一番の問題だったようです。単に、改作だけが問題だったわけではない、とのこと。

川内氏は「情というものを大事にしたい」という人物だったため、先の件で怒り心頭、ということになってしまったようです。

「数回会いに行く」という反省の見せ方だけでは、和解は難しいとおもわれます。根深い確執…森氏は今後も誠意や態度、そういったものが試され続けるようです。
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